デザイナーだけじゃない、現代社会で学ぶべき「美しさ」と「美意識」

タカヒロ

「美意識」「美しさ」
それは、20代の前半にはまったく感じたことのない感覚でした。今でもありますけど、数字を追うことに必死であったり、見た目を繕うとする意識高い系と言えそうな時期もありました。特に昇進やあるコミュニティでの地位なんてものは最近は全く興味が無くなったなと感じます。これが25歳の壁というものでしょうか。

目の前にある風景をじっくり眺めてみたり、周りの音に耳を澄ませて、その刹那を感じるだったり。そういうことに時間をかけることが好きだったりします。前置きは長くなりましたが、今回の記事では、私が感じた「美しさ」「美意識」を身に着ける重要性について考えていきます。

「美しさ」って

そもそも美しさなんてものは、よくわからないですよね。お洒落な女性に対して「美しい(さ)」とか使われたり、芸術の中でも使われたりします。そもそもしっかりとした言葉の定義なんてそもそも必要ないし、それを決めるのは無駄な議論なのかもしれません。

それでも私が「美しさ」を取り上げるのは、「美しさ」には全てが詰まっているからそして私たちにこれからの社会で生き抜くために必要なものだからです。「美しい」という言葉にはあり、他の言葉にはないもの。私が「美しい」から受ける感覚というのは

凛としていて言葉に表すのが難しく、荘厳で、そして落ち着きがありうっとりしてしまう、入り込んでしまうような感覚。

そこには、外見だけじゃない愛情や歴史、風情も感じる。そう!なんでも屋さん。「キレイ」「綺麗」という言葉だと外観を意識している気がするし、言葉にできなほどの感性を揺さぶるほどでもない。世界共通後でもある「かわいい(kawaii)」は非常に興味深い言葉ではあるけどなぜか安っぽく感じるし、響かない。

つまり、何が言いたいかというと「美しい」という物体の中には私たち感情の人間に訴えかける何かが眠っているのです。その「何か」という正体は外見である必要はなく、そのものから感じる拙さであったり、不器用さでもいいです。見るその人の感覚に訴えかけるものがあれば。

現代で売れているもの、人気のある人にはすべて「美しさ」がある

最近だとYoutubeが全盛期を迎えていますね。登録者数が500,1000万人を超える人も。彼らにも美しさがあります。見ていて、「よく考えているな」「心の底から楽しそうにしている」「自分の好きなものを全力で紹介している」そんな様子をみているとだんだんと惹かれて気づいたらファンになっています。

嘘偽りにくい動画というプラットフォームだからこそ伝わる代物なのかなって思います。

人を集めたり、虜にするのは「圧倒的利便性」か「美しさ」Amazonは間違いなく便利ですよね。だって、家にいてもモノが届くんですから。さらには動画だって見れてしまう。使わない理由がないですよね。

文脈上「美しさ」と呼んでいますが、そのヒト、そのモノしか出せないストーリーや特徴が相手に理解される状態になったとき人気がでたり、有名になっている気がします。

これには肝がありまして、「相手に理解される状態になったとき」でなければならないと思ってます。ヒトの場合は、最低限のマナーであり、知識や常識をしっておく、業界知識を心会得などは必要と言うことです。モノでも同じです。その上で感性に訴えかけれるような見せ方であったり、そのヒト、モノの味が出てくると言うものです。そのためにも少しでも継続することは大事かもしれませんね。

どんな仕事、どんな生活する人にも大事な要素

一見するとデザイナーではなし、プロデューサーでもない。だから関係ないと。

全員に関係あります。

これからの日本はさらに経済発展は望まず、一定規模の経済圏での安定したエコシステムへの変化していきます。会社の業績は横ばい、下降傾向になることは間違いありません。その中でまわりに差をつけ、生き残るためにも「あの人と働きたい」「あの人と遊びたい」「面白い」って思ってもらえるよう一種の人間的スキル、相手求められていることを把握するスキルは必須です。

「美しさ」を磨くのに美術館や博物館に行く必要はない

個人的には美術館や博物館は今を忘れて妄想に吹けられる最高の場所ですが、

同じ分野で面白いと感じる分野やひとに対してなぜこれって面白いって感じるんだろう感性が揺さぶられるんだろうどんなストーリーや体験を届けているんだろうって考え、自分の中に吸収していくことで「美しさ」というものは磨けるのではないかな。

では!!

この記事を書いた人

Takahiro

平日はIT企業で務める側で、フロントエンド開発を学習中。デザインやプログラミングに関することを呟いてます。