センスがないと指摘することにで生まれるモチベーションの低下

タカヒロ

[voice icon=”/wp-content/uploads/2018/09/fdsfs.png” name=”タカヒロ” type=”l fb”]こんにちは、たかひろです[/voice]]

社内でこんなことを近くから聞こえてきました。
お前デザインのセンスないな~

センスないという言葉は簡単に言うことができますが、

部下の捉え方によっては、
自分には才能がない、能力がない ととらえることとなり
いわれた当人への影響は大きいのではないかと思います。

果たしてセンスの正体は何なのか。
小さいころから「センス」という言葉はよく耳にしてきました。

野球だったら「センスのあるスイングしてるね」
工作とかの授業であれば「きれいだね。絵のセンスあるね」

しっかりとセンスの正体を考えたことはありませんでした。
センスという言葉は言語化できるはずなのに、
言語化することをめんどくさいために諦め、コンテキストを最大限省いた悪い言葉です。

【センスには大きく2つ存在する】
これは天才と秀才のお話に近いかもしれない。
一つ目のセンスの正体は
日頃の習慣や思考によって身に付けた無意識を伴った能力
これは例えば、小さいころから卓球のラケットを握り、自然と外部の誰かから理論や法則に則った指導を受け、
ほかの人と一線を画す力を自然と身に付けたものではないだろうか。ほかの方から見れば、だれも身に付けること
ができない無意識の習慣と思考の賜物なのだ。

もうひとつのセンスの正体は、意識的な鍛錬によって身に付けた能力
ある種のゴールや目的に対して、理論と学習の繰り返しによって身に付けることができるもの。

このように考えていくと
センスというのは究極的には無意識によって身に付けた能力か、
意識的な鍛錬によって身に付けたことに分類されるため
結局は、積み重ねによるものなのかもしれないと思う。

【センスがないという指摘をするにせよ、しっかりとなぜセンスがないのか説明する責任はある】
「センス」という言葉を使うこと自体が適切ではないが、
指摘する際にはなぜ「センス」がないような結果に、成果物となったのか。について
しっかり論理的に、考えさせる機会が部下には必要である。

そこで上司が説明する方法でも良し。
理由を聞きながら紐解いていくのでも良し。

この積み重ねによって世の中でいう「センス」というものが徐々に生まれると思う。
(センス=上司、周りが求めるレベルのスキルや成果物)

決して「センス」という言葉ですべてを片してはいけない。

【最後に】
自分自身もまだまだ未熟で、チーム全体のモチベーションを下げないためにも
「上司として論理的に説明すること」「部下に理由を考える機会を与えること」の重要性を感じ、
他人事ではない今回記事にしました。

これから他業種・多国籍の方と会話する中では
「センス」という言葉が代表するようにコンテキスの中だけで生きる言葉を使うことは、
時代に取り残されていくと思います。お互いバックグラウンドが異なる中では考え方やそれに伴う行動も変わります。
いままで理由やコンテキストを使って初めて生活できるかもしれません。

この記事を書いた人

Takahiro

平日はIT企業で務める側で、フロントエンド開発を学習中。デザインやプログラミングに関することを呟いてます。